沿革

2009年 高田瞽女の文化を保存・発信する会を設立
2013年 NPO法人 高田瞽女の文化を保存・発信する会を組織
2015年 瞽女ミュージアム高田を開館

 

当法人にまつわる歩み

民俗学者の市川信次は、師の柳田國男のすすめで、瞽女を研究しながら親身に世話をしました。子息の市川信夫夫妻がそれを引き継いで、貴重な記録写真と史料、瞽女をきっかけとして交流した人々の記憶が、高田に残されています。

1964年 高田で最後の瞽女親方杉本キクイと、養女の杉本シズ、弟子の難波コトミの3人が、旅巡業をやめる。同年12月、画家斎藤真一は、高田の杉本キクイを訪ね、彼女の人間性に深く感銘する。瞽女の旅路を追体験する中で、多くの作品と著作を発表する。
1970年 文化庁は瞽女唄と杉本キクイを記録保存を講ずべき保持者に選択する。(無形文化財)東京での「越後瞽女日記展」が評判となり、瞽女を主題とする映画・演劇が次々に発表される。
1972年 池田敏章氏は京都の画廊で、初めて斎藤真一作品と出会い、作品蒐集の道に踏み出す。
1983年 杉本キクイが亡くなり、残された二人も、胎内やすらぎの家に入所するために、高田を離れる。
1994年 斎藤真一が亡くなる。
1997年 「斎藤真一が描く高田瞽女 越後瞽女日記展」を上越市立総合博物館で開催。池田氏は初めて当地を訪れ関係者と交流する中で、作品の価値を再評価し、研究者の道を目指す。
2008年 池田氏が蒐集作品と資料の永久的な保存と公開を願い、寄贈先を求めて上越市を再訪する。
2009年 市川信夫をはじめとして、瞽女と斎藤画伯に心を寄せる有志が集まり、上越市への寄贈を求める署名運動を行う。さらに瞽女についての啓発活動のため「高田瞽女の文化を保存・発信する会」を設立するとともに、雁木町家を会場として池田コレクション展覧会を実施。以降、国や上越市、民間財団等の助成を受けて、瞽女文化の発信を続ける。
2011年 池田氏が上越市に作品・資料の寄贈を決意する。
2012年 上越市は寄贈を受けて、「池田敏章コレクション・斎藤真一と瞽女」展を開催する。
2013年 本会は常設展示を目指してNPO法人を組織し、関係先との協議を進める。
2015年 その中で、作品展示と資料公開のために、雁木町家「麻屋髙野」の利活用を図り、上越市歴史的建造物補助事業を受けて、第1期整備改修を実施する。ご賛同者からも資料と絵画作品をお借りして、11月3~23日に開館記念展覧会を行い、以降は週末公開と企画展覧会(随時)を継続している。